オーストリア・スイスをレンタカーで走る

グロッシュグロックナーをバックに二人で写真におさまる

Last updated on August 10, 2002          since November 19, 1997

 ちと結婚20周年記念の旅行としては、早いのだがオーストリアとスイスをレンタカーで走りまわったので、まとめてみました。総費用は2人で43万円で済んでいますが、嫁さんが旅行関係の仕事に就いてる関係もあるので、費用は安くできています。皆さんがこの通りの旅行をしようと考えても辛いかもしれません。行く前に在日大使館の観光課に資料を送ってもらいました(送料分の切手を送ればいい)。今回、オーストリアの道路地図は送られて来たマップが重宝しましたし、ホテルを調べたりするのにも役立つものがありましたので、おおいに利用するのが良いと思います。インターネット上では日本語でアクセスできる政府観光局はオーストリア観光局ウィーン観光局スイス政府観光局があります。
 私の海外旅行の経験は10数回しかありませんが、海外での車の運転の経験は、数回あります。嫁さんは、個人でしたのが30回前後で仕事では40数回の海外旅行で、車の運転は、良くしてるようです。従って、基本的には目の良い嫁さんがナビゲーターで、私は単に車を動かす人になっています。借りたレンタカーはFIATのBrava SX で、全走行距離は6日間で1781km、ガソリンの消費量は119.5l、燃費は14.8km/lになりました。今回の旅行で気がついたのは日本の車がかなり走っていることでした。高速道路で見かける車は、日産のプリメーラが圧倒的に多いということと、地方都市に行けば小さな車が多くなり、日本の軽自動車が走っているのにはびっくりしました(おそらく800ccの輸出仕様だと思うが)。細かな路地が多い田舎や中世の都市では小さな車が運転しやすくて良いのかもしれません。そうスバル・サンバーが走ってたりするので笑ってしまいました。4輪駆動車はアメ車もありますが、日本製それも三菱製が多かったような気がします。結構、日本の車が走ってるのでメーカーと車種当てをして遊びました。
 どこを走ってもトレーラーを牽引した車に出会います。乗用車でも牽引装置の付いた車がごろごろ走ってます。下手すればマーチ(これもよく見かけた)クラスの車にも牽引装置がついています。おそらく、夏の長期休暇用の時にキャンピング用トレーラーを引いて行くのか、湖でボート遊びかヨットをするのでボートを牽引をしていくのでしょう。実際にトレーラーを引いてる車を見かけましたし、レンタカーと思われるトラックベースのキャンピングカーもよく見かけました。坂道の下りのカーブなど慣れてないのか、速度が極端に遅くなるのでレンタカーかなと思いました。トラックは大型の上に更にトレーラーを牽引して100km/hぐらいで走ってるのをざらに見かけます。工事用の小型のトラックは道具や土を積んだトレーラーを牽引してのをたびたび見かけました。また、オートマチックミッションの車にはほとんどといっていいほど見かける事はありません、探すのが大変です。ベンツのマニュアルなんて皆さんは見たことがないでしょう?こっちでは当たり前で、オートマチックを乗ってるのはよっぽどのお金持ちか運転がへたくそかのような気がします。パワーウィンドウがあったとしても前席だけの場合がほとんど、後部ドアはハンドルがついてます。交通手段としての車ですから、おばあさんも運転をされてますが、小型の車に乗ってられる事は多いですが、マニュアルです。高速道路でもゆっくり走られてますが、追い越し車線をずうと走ったりしてる方にはあいませんでした。小さな街でも路線バスは低い床の大型バスで、場所によっては前2軸でジョイントがあって後ろ1軸の大型バスが走ってます。車を路上駐車されたら、どうしようもなくなるのではとは思うのですが、どこでも駐車場は完備していてその様なことはないようです。また、日本ではほとんど無くなってしまった、路面電車とトロリーバスが走ってるのが印象的でした。
 信号機は日本と異なってると思います。色の違いはありませんが、赤の後に黄色になってから青になるというのが、根本的に違うと思いました。青から黄色になって赤になるのは同じですが、黄色になった時点で交差点に入る人はいません。また、交差点では左折(右側通行なので日本の右折に当たる)用と直進用とに、それぞれに別の信号機が付きます。直進の場合の青は矢印の直進で青になっていて、左折用のは左の矢印で青になっています。また、大きな都市では信号が繋がるようになっていて、日本のようにわざと信号で車を止めるようなアホな事はしていません。小さな街でも信号に出会うことがあるのですが、見かける信号は横断歩道のあるところにある黄色の点滅の信号です。信号で車が連なって、渋滞ができるようなことはほとんどありませんでした。
 今回のドライブでロータリーの走り方を覚えました。一般道を走っていると要所要所に4角のロータリーがあります(5差路とか3差路は滅多に無い)。ロータリーに入るには、左側の車が優先であることを知ってれば、右側の車のことは無視しても構わない。左側に車がなければ入って良くて、入ってしまえば中の車が優先だから、直進したい場合は2つ目で出ることになります。慣れないうちは戸惑いますが、慣れてしまえば、道が分からない時でも、中でぐるぐる回ってても構わないので、進路を探しやすかったりします。しかし、余り大きくないロータリーでも、連結したバスが回って行くのにはびっくりします。
 今回の旅行では、観光地にしろ都市にしろ、駐車場が見つからなくて、止める所がなくて困るようなことはなかった。まあ、観光シーズンを外れているから、簡単に駐車場に入れられたのかもしれない部分がありましたが、どんな小さな観光地にいっても必ず駐車場はありました。大きな都市は地下駐車場が多かったですが、必ずパーキングの案内板がでているし、一ヶ所だけでなく数箇所あるので必ず止められました。路上駐車は路上駐車可の場所にしか止めてない。駐車料金も日本と比べ物にならないほど安かったです。大阪みたいだったら、大型バスは走れません。
 街中で気がついたことは、男の人でピアスをしてる人が以外に多いということで、両耳にしてる人は滅多にいませんが、片耳は極々ありふれていました。日本のように20代前半までということはありませんでした。タバコを吸う人が非常に多いのにはびっくりしましたし、女性で歩きながらタバコを吸ってる方も、数多く見られました。タバコを吸ってるのが極々普通な感じなのです。ヨーロッパは決してタバコは安くありません、大体、400円前後(税金がべらぼうに高いためらしい)で売っていますので、タバコ代は馬鹿にならないと思うのですが。また、私はぽっくりさんと呼んでますが、170cm以上ある女性が、日本でも流行ってきましたが、高さ10cm以上もある高下駄風の靴を履いて歩いているのには参りました。おいおい、おまえさんはそんなの履かなくても十分に高いやろ、上から見下ろすなよなという感じでした。後、家庭用のゴミの収集で分別収集が徹底してるように思えました。アッペンツェルでは、公園の一角にそういうコーナーがあり、アルミ缶、鉄のもの、ガラスとか幾つかに分かれた大きなごみ箱が置いてありました(ウィーンのホテルのごみ箱は、金属、プラスティック、その他と3つに分かれたごみ箱が置いてあった)。
 観光地で見かける団体さんはお年寄りが多かったです。日本人の団体さんがほとんどいない所ばかり行きましたが、バスで来ている団体さんは定年退職したご夫婦という感じの方が大勢いられました。また、股関節や膝関節が悪い人が結構いて、杖をついたりしてる人が結構いました。ほとんどの方が割腹が良いというか体重オーバーのために関節に無理が掛かってるんだと思うのですがね。しかし、夫婦の中は皆さんよろしくお互いに助け合いながら、観光を楽しんでるように見えました。また、観光地に限らず、インフォメーションがしっかりしていて、宿探しや観光案内をしてくれるので、私達はおおいに利用しました。ホテルもそのホテルに予約を入れるわけではないのだが、そこから部屋の状況を確認してくれて、私達がそこに行って紹介してもらったと言えば、インフォメーションで確認した部屋が取れるようになっていました。場所によっては、2つほど同時に紹介してくれて、行ってみてから決めればいい場合もあました。今回の旅行のように、行く道筋は決まっているのだが、どの辺まで走れるのか分からないで、走ってる場合には非常に便利だった。ただ、開いてる時間が夕方5時迄が多いし、昼休みは2時間ぐらい取るのが普通だから、そのことを知ってないと使いにくい面はあります。街中では小文字のiが目印です。

1997年9月21日(日曜日) オーストリア航空・全日空共同運行便でウィーン着

11年前も工事してたような、ステファン寺院はいつも工事中かな大きな教会の内部に入るといつも圧倒されます

1997年9月22日(月曜日) レンタカーを借りてザルツカンマーグートを走る

シェーンブルグ城そばの公園にある植物園の前です。エンジン付きの扇風機は右側の道路で動いてました。マリア・テレジアは黄色が大好きでしたので、宮殿もその色です。菩提樹が垂直に刈り上げられています。ハルシュタットの教会とエメラルド色の湖を上の方から眺める。ハルシュタットの中心の広場。ヴォルフガング湖が美しくブルーに見える所に車を止め、向こう岸には時間があったら行くつもりにしていたザンクト・ヴォルグガングの村が見える。ザンクト・ギルゲンの市庁舎の前のバイオリンを引く子供のころのモーツァルトの像の前で。美しく花が飾ってあるので墓地という暗い感じは全くなく花が溢れた墓地の写真。モントゼーの街並み。正面のホテルに泊まっても良かったかな。モント湖の電気ボート。お一人一泊2200円のペンションの前で。サウンド・オブ・ミュージックでマリアとトラップ大佐が結婚式を挙げた教区教会。

1997年9月23日(火曜日) グロースグロックナーで氷河を見る

左手に持っているのが、11000シリングの切符。箱根のターンパイクといろは坂とグラントキャニオンと鬼押し出しを合わせたようというか、ガードレールのないアップダウンのきつい道路。フランツ・ヨーゼフ・ヘーエの駐車場の手前。展望台から10kmに及ぶというパステルツェ氷河の端を見る展望台のレストランにて。カラスに似たくちばしの黄色い鳥、人懐っこい。アルプバッハはヨーロッパで一番美しい村と呼ばれている。山の斜面の牧草の緑、遠くには山、青い空、そして、3階建の家の壁は木の地そのまま、2、3階のベランダにはアイビー・ゼラニュームの赤やピンクの鉢植えが美しく飾られている。どこにいっても尖塔の教会が見られる。ハルの街中の露天の八百屋。ハルの街並みは狭い石畳の道沿いにある。泊まったホテルで紹介してもらった街中のレストラン。お肉料理がが安くて美味しかった。

<1997年9月24日(水曜日) チロルとアルプスの少女ハイジ

オーバー・グーグルは陽の光も強くなって美しい谷間の風景。氷河に切り取られた深く長い谷のチロルオーバー・グーグル付近の川のそばの風景。帰りに通ったゼルデンは美しい街だった。日差しがあるかないかによって、街の風景が一変してしまうのは驚きました。ここはアルプスの少女ハイジの舞台になった村、マインフェルトです。そうスイスの村なんです。典型的な農村で、ずうっと続く葡萄園入って、山をバックに写真。年に1回山から牛を下ろす日のお祭り。この大きなカウベルを車にぶつけられたのです。クールの街並みを上から見る。右手前のぶとう畑は司祭のためのもの。クールの街中の絵葉書に出てくる場所で同じ写真を撮りました。ここは壁に絵が描いてあるので有名。

1997年9月25日(木曜日) ボーデン湖沿いを走ってからベルンへ

アッペンチェルの教会のパイプオルガン。アッペンチェルは切り妻屋根の建物で有名な街。柵が無い出荷用のリンゴ畑があったので、道端に車を止める。出荷用のリンゴ畑に入ってみると、リンゴの木は人の背丈ぐらいに揃えてあり、たくさん実もなっていて、リンゴの本数も凄いものだった。ウンター門をくぐって旧市街に入る。小さな街で壁の絵が美しい。橋を渡って新市街から旧市街を見るが橋が新しいので興を削がれてしまう部分があった。30分ぐらい掛かって抜けてみれば、牽引車両もある大型トラックが道端でお寝ん寝してるため、クレーン車で釣り上げている最中の事故渋滞と分かりました。そこを抜けると一気にスピードが上がって渋滞は解消しました。ベルンの旧市街。柱廊構造が分かると思います。 公園の真下にアーレ河の中州の建物。スイス独特の鉄のボール投げ遊び(遊びでは無いのかもしれない。いい大人が、男も女も、ボーリングのマイボールみたいに、テニスボールぐらいの金属の玉を一生懸命布で拭いて、真剣な顔をして投げていた。)。競技のやり方がよく分からないが、見ている限りでは、何人かが順番に、自分の持ち玉を2個投げて、2個のボールうち1個が、地面に置いた的みたいなものに、一番近いものが勝ちというものようだった。後のものは前のもののボールを弾き飛ばしてもいいというルールのように見えたので、近くに行ってしまったボールがあると、後から投げる人はそれを弾き出すのに真剣になっていました。左から3番目の建物にChina Restrauntと書いてあるのが読めるでしょうか。China-Pfannenという野菜炒めらしきものとご飯。後からかけたたれが香辛料がきいていてぴりっとしていて美味しかった。

1997年9月26日(金曜日) レマン湖湖畔の葡萄畑

バラ園に行く途中の坂道でロケーションの良い所を見つ、車を道端に止め、霧の晴れ間に旧市街の写真を撮る。グリュイエールは丘の上にあるのでまたまた霧が深くなった。城壁の入り口の門。この奥にお城がある。バンはスバルの4駆。嫁はんは左手のレストランの2階で食べた。奥はお城。基本は木でできていて馬車のような車輪がついている。肘掛けの所にはハンドルがついていて、それを回すと歯車で車輪が動くようになっている車椅子。ローザンヌのノートルダム大聖堂の裏手の坂道。ローザンヌ旧市街の広場。道路脇の駐車線に車を止めて、坂を上がってみると、そこがサンサフォランの村であった坂道を上がって行くと両脇には質素な家が続く。見渡せど葡萄の段々畑。葡萄畑の左手はサンサフォランの村の屋根。ジュネーブの郊外のカルージュの街。高さ制限があって3階建までしか許可されない。旧市街のサンピエール大寺院に行く。寺院の前に野外のメリーゴーランドがあったりするのだが、登り方が分からなかった。レマン湖の噴水を撮ったが画像を圧縮したら、何が何だか分からない。花時計の前で15年ぐらい前と同じ様に写真を撮る。エーデルワイスで食べ終わった頃にスイスホルンを吹かせられる。

1997年9月27日(土曜日) オーバーブッキングでビジネスクラスで帰国の途に

朝のうちは霧だというのが、上から眺めるとガスが谷を埋めていることから分かる。ウランバートルあたりを飛んでいる時に、A300のコックピットを見せてもらう。

次へ