
結婚してあっという間に25年が経ちました。記念ということで家族で海外旅行を考えました。娘は来年の大学卒業の年が大幅な制度の改革の年にあたるので数多くの実習を経験しておかないといけないということで参加できませんでした。嫁さんと二人での旅行となりました。が、世界第2位の埋蔵量があるとされている石油権益が欲しいのかどうか分りませんがアメリカは戦争を始めようとしていました。富んだキリスト教圏と貧しいイスラム教圏との戦いとなるのでしょうか。いみじくも大統領がCrusadeと云ってしまったように宗教が絡んだものになりました。戦争が始まったら飛行機がまともに飛ぶかどうかの問題があるので旅行を夏以降にしようかということになってました。嫁さんが会社で安くチケットを手に入れることができて直行便でいける今まで行ったことがないところということでオーストラリアのCairnsのgreat barrier reefを見ることに急遽なりました。2月末に決めて3月半ばに行くということになりました。短い日数だけ行くつもりにしましたがイラク攻撃が行われるか否かの状況でいけるかどうかも最後まで分りませんでした。出発の時にはまだ国連で話し合いが行われていたので出かけることにしました。ケアンズに行って帰って来たらイラク攻撃をアメリカが決めていました。そして戦争がはじまってしまいました。また帰ってくるときにはアジアには原因不明の肺炎が流行っていてWHOの勧告が出てたりして外務省からその地区への渡航の注意が出ていました。帰国した関西空港では香港から帰ってきてる人には検疫が厳しくなってるようでした。
2000年3月13日(木曜日)
朝嫁はんにトランクを持って出勤をするので送ってもらう。夕方5時まで仕事をしてからタクシーで難波まで出て嫁さんと待ち合わせをして7時のラピートに乗って関西空港に行く。2時間前には間に合わなかったがコンピュータの調子が悪いのか航空券の発券に手間取っていた。乗る飛行機は昨年の秋にできたカンガルーのマークのオーストラリア航空の767
だった。通路を挟んで隣同士にしようと思ったが取れなくて前後になった。オーストラリア航空の客室乗務員の制服がシンプルで見慣れた制服とは異なっていた。ドアが閉まったら空席のところに移ろうと考えていたのだが生憎ほとんど満席で移動できなかった。そんな訳で食事があったり飛行時間が7時間半ぐらいと短かったのでほとんど寝ることができなかった。
2000年3月14日(金曜日)
ケアンズの国際空港には朝の5時ごろ着きました。日本で見た天気予報では雨という予想でした。衛星から赤外線で撮った雲の様子はサイクロンの中心がしっかり写っていたりクイーンズランドに厚い雲がかかったいたりした。予報通り外は雨だったので空港でレンタカーを借りることにしました。ランディングの途中の降下の時に揺れたので嫁さんは天気が悪いと諦めていたようです。空港のレンタカー屋さんのAVISの一番安いのはカローラでした。保険を入れて一日借りて保険も含めて85ドルでした。車を借りてからどうしようかと考えましたがAVISの係員と話していてPort Douglasに行くことにしました。Rainforest Habitatで鳥と一緒に朝食を食べるのを勧められました。小雨の中を嫁さんの運転で出発しました。レンタカーのカローラは走行距離が数百キロの新車だったので新車特有の匂いがしていた。ほとんど車のないCaptain Cook Highwayを80〜100km/hrで曲がった道を走って地図を見るために下を見ていたりしたら珍しく車に酔ってしまいました
。途中のOutlook(見晴台)でちょっと休憩をして仮眠を取ることにしました
。ちょっと休憩しただけで気持ちの悪いのは収まりました。一車線の道でも日本での標識と違いのはスピードを出すなという表示はまったくありません。まさに逆で車の流れを良くするためにゆっくり走るな、後ろの車に注意をしなさいという警告板が所々にあります。ゆっくり走ってる車を煽るようなことはしませんが、追越できるように何キロ先に追い越し車線がありますという表示がでます。遅い車はそこで必ず道を譲っています。ハイウェイからポート・ダグラスへは右に折れるところにレインフォレスト・ハビタットがあった。AVISの5%かなんかの割引があって二人で70ドルぐらいかかったのでちょっとお高いです。ネットが張ったあって鳥がその中に放し飼いになっているというところでした。食事をするところにはオームが主にいました。案内をしてくれるのが30分毎にあったので9時半から連れて行った貰ったのだが私は説明のほとんどが理解できなかった。普通の英語も理解しがたいのにオーストラリア訛りはなお理解に大変です。Kangaroo、Wallabie、Tree Kangarooも居ました。カンガルーとワラビーの違いは嫁さんの例えではライオンと猫の違いにあたるというので納得しました。木カンガルーは1頭だけ檻の中にいました
。木の上のほうには鉄板を巻いてそれ以上登れないようにしてありました。そこからポート・ダクラスの街はすぐでした。小さな街ですが観光地のせいか洗練されている何度もオーストラリアに来てる嫁さんは云ってました。小さな街はもっと泥臭い店並みなんだそうです。見晴台に上がりましたが久しぶりにマニュアルを運転した嫁さんは一旦停止した後の濡れた路面の坂道発進ができなくて往生してました(私は国産免許を取る暇がなかった)。アクセルを踏みすぎてフロントドライブのタイヤが空転したために路肩に近づいたりしてました。アクセルをゆっくり踏むようにして坂を上がってOutlook
に着きました。10m以上の風が吹いていて雨も降ってるし視界が悪かったのですぐに下りました。Mossmanにも行くことを勧められたのでCaptain Cook Highwayに出て右折して何があるか分らず出かけました。道路沿いにさとうきび畑が延々と続き始めて道路との間にトロッコの線路がありました。線路も延々と続いていて何だか分らなかったのですがMossmanに着いたら線路幾つか集まって続いていてトロッコの貨車が置いてあるMill(砂糖の精製所)のところまで出ました。砂糖がどうできるかは興味がなかったので街中に戻りました。Mossmanの街は洗練されているわけでもなく普通のオーストラリアの街でした。そこでWoolworthというスーパーに入りました。ケアンズにも数箇所ありましたしどこにでもある大きなスーパーのチェーンのようです。駐車場の入れ方が日本と違うのはどうしてなんでしょう。ここオーストラリアでも頭から駐車場に入れ、出るときはバックして出る形になります。嫁さんがオーストラリア人は着飾った服を着ても裸足で歩いてる女の人がいるという話でしたが本当に裸足の大人や子供がやたら見かけました。平気で砂利のところも歩いたりします。怪我したりしないのか不思議です。オーストリア人は朝にシャワーを浴びて裸足で歩いても夜はそのままベットに入って寝てしまうそうです。私たちにはきったねえなあと思いますが。そこでジュースとジェリーを買いました。小さな街のレストランはお酒を売る許可を持ってないところがあるのでお酒を持ち込まないと飲めないことがあるということでスーパーの隣のBottle Shopで安いワインを買いました。ケアンズで4泊したが大きな街だったのでお酒を持ち込まないと飲めないお店には行くことはなかったので結局持ち帰る羽目になってしまいました。ケアンズに戻りinformation centerを探すことにしました。1号線がCaptain Cook HighwayからBruse Highwayに変わる交差点を直進して1ブロック先の角にあるところに行く。雨が強くなりました。そこには日本人向けのコーナーがありました。現地の案内の人があくのを待っていたらNaokaさんという人が声をかけてきました。日本でグリーン島に泊まろうとインターネットで予約しようとしました。けれども予約日を過ぎていて予約できませんでした。こちらに来て天気のことも考えてで予約をどうしようとNaokoさんと相談をしました。天気が良くなければあまり良くないということでケアンズに連泊して日帰りのツアーに参加することにしました。3連泊したら安くなるホテルにしようかとも考えたのですが朝食をつけてtwin bedで一泊89ドルのQueens Courtに3泊することにしました。モーテルよりはちょっとグレードが上のクラスにはなりました。雨が止むかどうか不安な15日はケアンズから南の陸地のツアーにしました。日本人ばかりになりそうなキャランダは止めて英語の案内になるケアンズの南になるTablelandsのツアーにしました。16日はFrankland Islandsのツアーでさんご礁の島に行くことにし17日はSunlover CrusesでFitsroy島とPontoonでSeawalkerにトライすることしました。予約を入れてみるとSunlover Crusesの方は予約が一杯で無理ということで16日と17日の予定を入れ替えました(これが後で大正解になりました)。日程が決まったのでインターネットで予約しておいた海辺のTuna Towers Hotelに行ってチェックインをしました。インターネットで予約をしてカードで支払いをしてるが受け付けはConfirmation Voucherが必要だった。印刷して持っていて良かった。寝不足だったのでベットにもぐりこんでちょっと休むことにする。4時に起きてレンタカーを返しに行くことにしました。目安のホテルが分らなかったのと空港で教えてくれた人が地図に書いてくれた場所とちょっと違っていたので苦労をしました。何とか見つけて車を返してAVISのカウンターの女性にどこのお店がおいしいか聞きました。そこから歩いて歩行者天国になっているシティ・ブレイスに行きました
。そこには嫁さんが知らない花の木がありました
。更に教えてもらったお肉料理のお店の前まで行ってみました。お肉料理は別の日にすることにしました。メニューを覗きながら歩道を歩いて適当なお店で食べることにしました。生牡蠣を頼みましたが美味しかったです。お店の前にも同じ花がありましたのでお店のウェイトレスにきいてみましたが分らないということでした
。50ドルほどと4日間の夕食の中で一番安かったです。ケアンズの人口の75%は観光業で生きているそうです。中心街は観光客向けのレストランを始めとしてそのような商店ばかりなのでお値段はそれなりにする感じがします。ましから外れるにしたがって普通の人も入れる値段になる感じがしました。街の市場に行きました。マンゴーが箱(15,6個)で7ドルで売ってましたがそれを買っても食べきらないので2個を1ドルで買って帰りました。そこから歩いてホテルまで戻りました。ホテルにジャグジーがあると書いてあったので探してみたら2階の駐車場の脇に小さなものがありました。入ってみましたがぬるくてちょっとまいりました
。
2000年3月15日(土曜日)
朝起きたときには雨は降っていませんでした。今日は雨が降ってもまあ許せると思ったのですが雨が降らないことに越したことはありません。迎えのマイクロバスが8時15分に来ました。オーストラリアのバスは人数が多ければ普通のバス、人数が10数名程度で移動を含めた場合はマイクロバスでリアにトランクを入れるためのトレーラーを引いているもの、マイクロバスのみという風になるようです。ホテルを移動するのでトランクをどうするかが問題でした。ホテルに預けてタクシーで移動する必要がありそうでした。でも嫁さんはマイクロバスを運転してきたJoeと交渉をして帰りにこのホテルまでトランクを取りに送ってもらいQueens Courtまで運んでもらう手はずをつけていました。Joeはオーストラリア訛りの英語でTablelandsの説明をしてくれましたがほとんど理解できませんでした。Bruse Highwayを走ってケアンズから南に下ってから山を登っていき750mのHeales見晴台でMulgrave渓谷を見渡しました
。ちょうど岩屋というかパラグライダーをしたくなるような景色でした。そこから火口湖のLake Barrineに行きました。そこでコーヒーとスコーンを食べました。Rainforest Wildlife Cruiseという火口湖を船で遊覧しました。日本人の若い男の子5人組は7ドルがもったいないと感じたのか乗りませんでした。餌付けができてるので船が桟橋を離れたらペリカンやカモが集まってきます
。船を追いかけてきます。すっぽんもいたりしました。珍しい七面鳥も餌付けされている場所もありました名前は忘れました。そこからYungaburraでGiant Curtain Fig Treeというのを見ました
。木に寄生するわけではないのですが鳥のふんとともに木の上に根付いてそこから根を出して木を絞めてしまい元の木を枯らしてしまうというのです。そこからMellandaの街へ行って昼食となりました。Naokoさんのお勧めでどんな昼食が出てくるのかと思ったら貧弱な昼食でした。3日間のtourの中で一番悪かったです。お昼を食べた後街を歩いたら薬屋さんの前でお年寄りが倒れていました。男の人の顔色は非常に悪かったです。救急車を呼んだらしくしばらくしたら来ていました。家具屋さんを覗いたら缶に入ったマグカップがあったので買いました。バスでMilla Milla Falls
に着いてバスから降りてちょっとしたら雨が降ってきました。そこからParonella Parkに行きました。歴史の浅いオーストラリアでは100年にもならないスペイン人の建てた建物が記念になるようです
。水害にあったりしてるので保存状態はあまりよくありませんでした。ガイドの女性が案内してくれましたがやはり英語が分りませんでした。庭の木の上に大きなコウモリが住んでいたりしました
。更にさとうきび畑の中の道を移動をしたのですが雨が降り続くようになりました。フルーツのプランテイションの中のお店に寄りました
。色々な種類のバナナがあったりしました。摘まんだものを買って帰りましたがいまいちでした。更にBabinda Boulders Wildlandsに行きました。雨の中公園を歩いて川のほとりにいきました
。Joeは傘を川に落としてしまって拾おうとしましたが無理で流れていきました。ケアンズの街に帰った時に最初に私達のホテルに寄ったので下ろされるのかと思いましたら荷物をピックアップするように云われました。朝の話は覚えてくれたようです。Queens Court
はバスタブはなくシャワーだけでした。
買い物にナイトマーケットに行ってみました。中国式マッサージがあったりしたり雑多のもの
を集めている感じであまり良いものは置いてないという印象でした。その中のナイトマーケット入り口のお店で良さそうなTシャツを1枚買いました。食事をするところもあって日本食や中華やお肉などが安い値段で周りで売っていて中央のテーブルのところで食べるようになっていました
。そこで食べるのはちょっと貧相なので止めにして中華のお店で中華食べることにしました。75ドルぐらいになりました。
2000年3月16日(日曜日)
夜に雨は降ったようですが朝は止んでいました。ホテルの前にカモの親子がいました
。うちには街乗り用のミラのジーノがあります。こちらでは輸出用の800cc仕様のものだと思いますがミラがたくさん走っていました。迎えのマイクロバスが8時半に来ました。ケアンズの港で手続きをして船に乗りました
。大型船ではありませんが2,3百人は乗れる船でした。海は少しうねりがありました。途中フッツロイ島に寄りました
。ここで半日過ごす人を残してMoore reefのポンツーンに向かいました。ポンツーンに着いたのは10時過ぎでした
。Seawalkerは11時からだったので10時20分の半沈胴船に乗りました。水が少し濁ってるのか餌付けされているポンツーン付近以外はそれほど魚はいる感じではありませんでした
。11時にSeawalkerをしに行きました。ウェットスーツと重りをつけてプラットホームで待って頭に通気用のパイプのつけたヘルメットをかぶって潜ります。日本人の女性スタッフがSeawalkerをつけて潜ってくれますので何も問題がないと思います。といっても階段で数段下りるだけですから深くても5mぐらいだと思いますが。ヘルメットが上手くついてこなかったりしたので横を向くのが大変でした。餌付けをしてるので魚が集まってきます。水中カメラマンが色々と写真を撮ってました。一応、使い捨てカメラの水中用のものを買って撮ったつもりでしたがうまく撮れてるか不安の部分があったので記念に写真を買いました。1枚20ドルで2枚で30ドルでした(高い)。昼は船でお皿に取ってポンツーンで食べました。まあ可も無し不可も無しという感じでした。午後のグラスボートに乗りました。こちらの方が下が良く見えました。やはりさんごの新しいのは紫で美しいです。グラスボートに乗ってる間にヘリでさんご礁を上から見ようかという話になりました
。戻ってからヘリに乗りたいと言ってみたのですが帰るまでの時間の都合で乗れませんでした。そんなかんなでいると突然スコールが襲ってきました。ヘリに乗らなくて良かったということで船に戻りました。ポンツーンを出るにあたって乗員の数を確認しないといけないというので各甲板で原始的に人数を数えていました。数が合わないらしく何度も数えなおしをしていました。甲板を移ろうとしていた日本人女性は2度も怒られていました。15分ぐらいしてやっと人数が合ったのか船が動きました。
夕食はルルブに載っているKani's Restrauntに行きました。本を持って7時までに行けばワイン1本プレゼントというので行ったのです。予約なしに行ったので2階のほんの一部の席しかありませんでした。7時をちょっと過ぎていたのでワイン1本は無理でグラスワインを貰うことができました。隣に座った新婚さんはお互いにビデオを撮りながら話していたのですが三十路近くの女性のぶりっ子振りには参りました。食事代は100ドルを越していました。有名なお店はお高いようです。食事が終わってから観光案内所にShy Dolls(又はhide-and-seek doll(かくれんぼ人形))がありました。一体50ドルでした(数年前は30ドルでフリーマーケットで買って一体あります)。まけろと云ってみたがそこにいる人は私は頼まれて売っているだけだから明日作ってる人が6時〜9時でいるから来なさいと云われました。そこから夜9時まで開いているPier Marketplaceに行ってみました。あまりお客さんはいなくてがらんとした感じでした。お店に入ってみましたが靴などは結構お高くてお話になりませんでした。タクシーでホテルに帰りました。
2000年3月17日(月曜日)
Frankland Islands Cruise & Diveはマイクロバスで迎えに来ました。色々のホテルに回りますがお客さんを乗せていきますがRadison Plazaのドイツ人夫婦には参りました。一度目は時間になっても来ないのでパスをして別のホテルで人をピックアップして戻ってからやっと乗り込んできたのです。遅れたことに対する言葉もなく夫と思われる人は車に乗ったらすぐに人に話し掛けうるさいといったらありませんでした。でもこの夫婦はけんかでもしていたのでしょうかバスの中も船の中も島の中でもずうっと別行動を取っていて会話を交わしたのを見たことはありませんでした。途中でマイクロバスから大型バスに乗り換えました。更に途中で3人姉妹と旦那さんと一人の1歳半の女の子の7人が乗り込んできました。3人姉妹は顔が小さくてほっそりした小柄の女の人たちで美人ぞろいでした。この赤ちゃんもとってもかわいらしい女の子でした
。お客さんは47名でした。その中の日本人は10数名でした。日本人のスタッフが3名ほど働いていましたので日本語での説明があります。Bruse Highwayを走ってからMulgrave川に行きました。ここで船に100名ほどが乗れる船に乗り換え川下りをして海に出ることになりました。川の上は静かでした
。そこでシュノーケリング用のヒレを借りました。マスクは度付きのものを有料で借りました。10ドルということで50ドルを供託したのですがマスクを返したときには50ドルがそのまま返ってきたのでただ?になりました。いつも度なしのものでよく見えないで潜っていたので今回は良かったです。クラゲが出る季節になってきたのでウェットスーツではありませんが体を覆うスーツも貸してくれました。これが後で役立ちました。水が少し冷たかったの保温の役目もしましたし日差しが強烈だったので日除けにもなったのです。海が満潮なのかずうっと雨が降っていたためか川の堤防は決壊しかけてるところもありました。さとうきび畑が水に使ってるところがありました
。船は川に浅瀬があるのか時々蛇行してゆっくりと海に出ました。海に出てから少しうねりがあるのか船はピッチングをしました。嫁さんは気持ちが悪くなったようです。私は舳先で海を眺めてましたが日が射すか射さないかで明らかに海の色が違いました。日が射すと海の青いところと緑ががったところの美しさが増します。島が見えてきて船が止まったのでそこに行くのかと思ったらキャンプをする人を一人下ろすのが目的でした。その島はRussell Islandというようで許可が必要のようです。それからまた船はスピードを上げて走りました。20ノットぐらいで走ってたようです。目的の島 Normanby島の浅瀬の手前に船を止めました
。船の中でクラゲ避けの服を着ました。島はトイレもない建物もない小島でトイレに行きたくなったら小型船で船に戻らなければいけないということでした。ゴムボートとグラスボート兼用小型船を下ろして船と島をピストンしました
。ノルマンビー島は無人島でさんごの砂も海の色も美しかった
。島でテント式のサンシェードを借りました
。すごく上手く畳んであります。広げたら飛ばないように砂を入れるようになっていました
。日本人のスタッフがシュノーケリングの案内をしてくれるというのでヒレとマスクをしました。浮きもあったのですがつけないで行きかけたのですが背の立たないところに行くというので戻って浮きをつけることにしました。度付きのマスクにしたので底まで見えました。水も綺麗で波打ち際のそばから魚がいました。さんご礁もちょっと沖に出れば見ることができてすばらしかった
。海亀がさんご礁のところにいました。餌付けはしていないとのことでした。餌付けをしてしまうと魚が死んださんごに付いた藻を食べてくれなくなるので海が汚れてしまうそうです。さんご礁では餌付けは禁止されているのだそうです。ポンツーンの餌付けは何なんでしょう?長い時間海に入っていましたので体が冷えてきて最後の方はちょっと辛かったです。砂浜に戻って体を温めるために陽射しをちょっと受けましたがこれが後で敗因になろうとはその時は気がつきませんでした。お昼はお肉、ソーセージ、焼き鳥と野菜と果物でした。3日のツアーの中で一番美味しいお昼でした。女の子が口を拭く時にべたっと拭いていたらおばさんに当たる一人が女の口の拭き方を伝授していました。島のたて看板の前で写真を撮ってみました
。引き潮だったらしく時間が経つとどんどん水際が後退していきました
。波も穏やかになり空の雲はCumulus(積雲)になってました。そう夏っていうのが実感される強い陽射しでした。オーストラリアはオゾン層が薄いのか陽射しが強いという話でした。従って日焼け止めは必須です。それをしなかった私は顔と足の甲が焼けて熱くなりました。3姉妹の家族は赤ちゃんを中心にして水際で遊んでいました。海から見て島の右側に歩いていってみました
。どんどん海が浅くなって隣の島に歩いていけそうになってました
。嫁さんも私もシュノーケリンをもう一度しました。3時半ぐらいまでノーマンビー島にいてから戻ることになりました。クラゲ避けの服を脱ぎましたが着ていた部分と着てない部分の日焼けの仕方が違っていました。浮きとサンシェードは島に残し監視用のベンチ
は船に戻しグラスボートとゴムボードは船に引き上げて戻りました
。引き潮での島は美しかった
。川に戻ったら引き潮で川が浅くなっているので喫線がぎりぎりなのかお客さんは全員船室から出て船首に集められたときがありました
。スロベニアであったPWCの大会のTシャツを貰って着ていたので写真を撮っている後からあのドイツ人の夫に声をかけられてしまいました。わたしぁ日本人だよといって許してもらいました。嫁さんは船首に集まったときに3姉妹と話をして素性をきいてました。スペイン人かイタリア人と思ったのですが全員オーストラリア人でした
。船は出発したところに戻ったのですが迎えのバスがなかなか来ませんでした。その間に船の人たちは引き上げていきました。そんなことは許されんとツアーコンの嫁さんは怒ってました。帰りのバスでワークホリデーから就労ビサを取ったというシュノーケリングを案内してくれた女性は疲れきって寝ていました。同じオーストラリア人の女性はうるさいぐらい女性ドライバーと話をしていました。やはりタフネスさが違います。
ホテルに戻ったらアイルランド料理のレストランの説明をホテルのフロントの人がお客さんに説明をしていました。ワニやカンガルーの料理が食べられて格安でお勧めというので今日の夕食はそこにしようと出かけました。そこのお店は見つけられたのですがそばにスーパーが見つかられなかったので諦めてスーパー(Woolworth)があったケアンズの中心街に行くことにしました。お土産は何にするかですがオーストラリアのどこのスーパーでも山積みになっているTim Tamを買いました。AVISの人に教えてもらった肉料理のおいしいというお店はその日はお休みをしていました。何にしようか迷ってスペイン料理にしました。お店の前に立っていたのはWork Holidayで来ている日本人の女の子でした。刺青を腰にしてたけど日本に帰ってから後悔しないのかな。2階のお店は結婚式のために来ていた土建屋さんご一行様が隣の席にいてとっても騒がしかったのですが私たちの食事途中で帰られたので良しとしましょう。料理の量が多くてパエリアは食べきれなかったので朝のパンに飽きた嫁さんは持って帰ることにしました。containerと云えば分るみたいでお持ち帰りができました。Shy Dollを見に行きました。各コーナーに置いてあったりして作った女性がいました。去年は45ドルだったけど今年は50ドルでまけられないということでした。記念ということで買って帰ることにしました
。帰ってからシャワーを浴びましたが日焼けした部分が1度の熱傷に近くなっていて痛かったです。
2000年3月18日(火曜日)
朝ケアンズの海岸線を歩くつもりにしてましたが朝食にパエリア
をホテルで食べていると雨が降ってきました
。というわけでトランクに仕舞った傘を出して持っていくことにしました。海岸線の公園に出る途中から雨がぱらついてきたので傘を差す必要がありました。公園を歩いている時はほとんど雨が止んでいました
。9時から開くCairns Centralに向かいかけた時に日が射してきてきれいな虹が出てきました
。Cairns Centralのお店に入るのに入り口を間違えてぐるっと半周してしまいました。9時前に入れましたがお店のシャッターは閉じてました。ウィンドウショッピングをしながらお店が開くのを待ちました。9時になったらベルが鳴って一斉に店が開きました
。嫁さんはサンダルを探したのですがなかなか思ったものはありませんでした。カード屋さんでgreeting cardを買い、ガラス屋さんで5ドルの花瓶を買いました。ホテルまで歩いて帰りました。途中に卓球場があったので写真を撮りました
。10時ちょっと前に戻りホテルのワゴン車で空港まで送ってもらいました。安いホテルにしては珍しいサービスです。空港で搭乗手続きをしました。今回は昼間なので海を見るために窓際の席にしました。預ける荷物を手早く受け取れるようにするために搭乗手続きをしてくれたおっちゃんに嫁さんはdoor side pleaseと頼んでましたがどうもジャンボでないので分らなかったみたいです。ターンテーブルに早く出てくるようにしたいと頼んだら相談しに出て行ってしまいました。色々と聞いたりしていたようです。そのおっちゃんは倒れていた日本人の女性を車椅子に乗せて運んだりしたのでなかなかもどってこれませんでした。戻ってきたおっちゃんはタグにPriority(優先)というのをつけてくれました。出国するのにShy Dollを腕に抱えて持っていったので空港関係者でもこの人形さんことを知らない人がいるので声をかけら足りしました。出国審査は同じ時間帯に香港行き、名古屋行き、関西空港行きの3機が出発するので列が一杯でした。関西国際空港でケアンズで積み込んだ荷物の中では先に出てきました。中のベンチに人形をかくれんぼの格好をさせておいたら中国人が寄ってきて写真を撮りたいので抱いていいかと聞かれたりしました。搭乗の時間になったのでその人形を抱いてボーディングパスを出して乗ろうとしたらお子さんのもと搭乗手続きをしてる人に云われました。人形だよと云ったら笑ってました。嫁さんも同じことを前回云われたので今回も云われるかなと試してみたのです。席は主翼の前でしたので下が良く見えそうでした。ドアがロックした時に2、3、2の席に3人掛けの席に空席があったので確保することにしました。後で寝るの便利なのです。飛び立ってしばらくしてから美しいさんご礁が雲間から見えました
。7時間ちょっとで関西空港に着きました。取り合えず急いで飛行機を後にして入国審査をしに行きました。香港では原因不明の肺炎で死亡者が出てるので香港便は健康審査がきびしかったようです。ターンテーブルでケアンズで預けた中では最初の方に出てきました。それでぎりぎりですぐのバスに間にありました。