
娘も下宿を始めてしまったので家族旅行に行くことはほとんどなくなった。昨年、秋に学部に進学したため、時間的都合が付かなくなり家族3人でできる海外旅行は最後のものになるだろうということで、私も春休みをもらって、イギリスを旅行することになりました。最初は皆が行っていないメキシコに行こうとしていたのですが、航空券が取れなかったので諦めて、イギリスということになりました。出かける一週間前まで、私のパスポートが切れているのに気がついてなかったというおおぼけがありまして、危うく行けなくなるところでした。すったもんだのあげくに何とか前日にパスポートを取ることができました。イギリスには全日空の直行便を使いましたので、乗り換えなしで行けましたが、その分、航空券が高くなってしまいました。今回の Cotswolds の旅では嫁さんが行っていない所をレンタカーを使って巡り、ロンドン市内の観光は公共交通機関を使うことにしました。嫁さんは、昨年は200日ぐらい添乗の仕事で海外旅行しているので、車の運転は良くしてるようです。今回、私は国際免許が取れなかったので、娘がナビゲーターで(国際免許を取っていたのでほんの少しだけ運転をしました)、私は単なる同乗者になってなっています。今回の旅行中、どういうわけか立っていても腰が痛くなり、立っているのが辛くなって、座りたくなるという腰痛が出て困ったので、運転しなくて良かったと思います。今回も借りたレンタカーはオーストリア旅行と同じFIATの車でした。今回もカセットの出し方が分からず苦労したこともありました。また小文字のiのマークの information center を大いに利用させてもらい、宿の紹介をしてもらいました。
イギリスの印象というか Cotswolds 地方の印象は、ともかく緩やかな傾斜はあるものも平坦なところで、日本の景色にはないところだなと思いました。道路の両側は石が積んであって背の低い石垣が続いていて、そこからある一定の大きさの緑の牧草地が並んでいたり、耕されて土が露出している牧草地があったりしました。余り土地が肥えてないから牧草地しかできないのかもしれません。山というものがなくあっても小高い丘という感じでした。私が行ったときには曇の日が多く、この天気はパラグライダーをやっている私にとってはちょっと辛い、そのままだったら息が詰まるかもしれないと思った面もありました。羊はそんなに沢山は見かけませでしたが、決められた一画の牧草地で草を食べているというか上手く管理されているなという印象が強いです。ロンドンの市内見物はお上りさんの集まりという感じがしました。
2000年3月15日(水曜日)
全日空の直行便でロンドン郊外のヒースロー空港に到着する。Hertz のレンタカー(日本で予約をして置いた。この方が安い場合が多い)を借りる。空港で手続きをして、お姉さんに Oxford で B&B (bed & breakfast 風呂、トイレは共同の場合もある)) を探したらいいのか Oxford の先の Woodstock で探した方が良いのかと尋ねたら、迷うことなく Oxford で宿を探せということだったので、その意見に従うことにする。Hertz の駐車場からのA40を使ってまっすぐという道の行き方も教わる。空港を出てから19番のバス停で迎えのバスを待つ。3番のターミナルから出て1番のターミナルに寄って、又3番に戻ってから、Hertz の車庫に行った。ヒースロー空港はターミナルが大きいので、エアーラインを間違えて違うターミナルに行くと、結構、大変らしい。鍵を預かっているので、車庫では置いてある場所に行って、勝手にエンジンをかけて出かけるようになっているので、こんなんで良いのかなと思った。ところが出口はしっかり門がロックしてあって、ガードマンに書類を見せて確認をしないと出れないようになっていた。お姉さんの書いてくれた地図はあっていた。N25からN40を使ってA40に入る。5時を過ぎているので information center は使えないので、Oxford 手前にある B&B を探してみるが、曲がるところをちょっと間違えたのか、Oxfordに入ってしまった。そのまま走って、Oxfordの街の B&B を探すが見つからず、駅前についてしまう。駅前でホテルを2、3軒見つけるが、そのまま通り過ぎてみる。街を出てしばらく走って、果物を売ってるところがあったので、葡萄と洋梨を買ったついでに B&B を聞いてみると、歩いて数分のところに B&B あるというので、行ってみたが、駐車場がなさそうなので、諦めて、駅前のホテルまで戻ることにした。駅に向かって右に Westgate Hotel
があったので、そこで空き具合とお値段を聞いてみると、トイレとお風呂がついてtripleで£76ということなので泊まることにする。宿に荷物を置いて、Oxford の街の散策と夕食を摂るために出かけた。中心街に行くともうお店はしまったいましたが、ショーウィンドウは覗けるので、ウィンドウショッピングをしていたら、Bally の靴が安売りをしていたので、チェックを入れておく。マクドナルドと KFC はここにもありました。こちらは平日は6時ぐらいになったら、そして日曜日は食べ物屋さんと両替屋を除いて、店を閉めてしまうので、下手をすると買いそびれてしまう。両替は、イギリスを旅行する場合はポンドは日本で交換しておかないと損をするので、我々は関西空港で両替をしてきた。こちらでレートを調べたが、レートも日本の方が良かった。こちらで両替をすると、手数料が最低でも3ポンド掛かることと、交換レートは低い上に、3%かなの手数料を取られるので、ある金額以上でないとすごく損である。どうしても英国で交換しないといけない羽目になったら、皆でお金を集めて交換するようにすれば、手数料を安くすることができて良いと思います。一番は日本の空港の銀行で交換するのが、レートも良いし手数料も少なくてすみます。銀行の現金支払いの機械は日本みたく室内ではなく、銀行の外の路上に向かっての壁際に設置されています。24時間稼働してるのか、何時見ても人がお金をおろしたりしていました。ホテルに帰る道すがらパブ
に寄り、軽い食事をすることにする。ビールとおつまみを頼んだ。おつまみは結構量があり、余りお腹の空いていない3人にとっては十分だった。宿に戻ったが、私は疲れていたためお風呂にも入る気にもならず寝てしまった。嫁さんと娘は風呂に入ったのだが、お湯とお水の蛇口があって途中で一緒になっていなくて、シャワーがついてない風呂だった。お湯は熱い湯でしかでないので、髪も洗えず、苦労したようだ。イギリスにはこの手の風呂が結構あるようで、嫁さんもどうやって入るのか分からないと云っていた。
2000年3月16日(木曜日)
7時半に朝食にしたが、ホテルの朝食はちょっとした注文間違えで、English Breakfast のつもりが、炒り卵とベーコンとパンになってしまった。ホテルをチェックアウトして、車はホテルに置いて、Oxford の街
を散策する。中心街に入る前に川があって、染井吉野ではないけれども、桜
が咲いていた。市街を抜け Christ Church に行く途中トイレに行きたくなってしまって、市街に戻って公衆トイレを探し回る羽目に。朝早かったので、2つほどあたってみたが鍵が掛かっていて入れなかったので、仕方なくマクドナルドでトイレを借りる(困ったときの”マクドナルド”)。Christ Church は朝早くて入れなかったので、中庭の方へ入り、College
に入ろうと思ったが、2時半まで入れないみたいなので、眺めながら、裏を抜けて、Merton College(皇太子が留学したところ)へ行ってみる。ここは終日入れないことになっていた。大部分の college は授業が終われば入れる。市街の方へ戻る途中で娘は靴屋で気に入ったのがあったので靴を買っていた。私は Bally のお店に行き、セールしている定価£95の靴を半額近くで買い、更に免税手続きをしてもらって、空港で現金をもらうようにした。ぶらぶらしながらホテルに戻る道すがら、傾いた木造の建物
があった。娘が変わった店に入りたいというのでちょこっと横道にそれるとローソク屋
さんがあった。駅の近くまで戻ったら、店終いセール
をしてる家具屋があった。中には everything must go と書いてあった紙がぶら下がっていたが、家具などは中国風というか私にはけったいなものだった。日本でも1年中店終いセールをやってるところもあるから、本当かどうかは??です。
Oxford の街を後にして Cotswolds の街を目指す。Oxford の郊外の住宅街は大きい家
が多かった。2軒で一つの家屋というのが多かったが、Oxford の郊外のものは大きかった。Oxford の地方局のテレビ会社があったが、平屋の小さな建物だった。A44を走ってチャーチル生誕の街 Woodstockに着くが、宮殿も見る気がなかったので、そのまま通り過ぎる。この辺の片側1車線の道路の両脇にはずうっと背の低い石垣があるか、木が植わっているか、新しいところでは有刺鉄線が続いていた。何故かなと考えてみると、羊をそこに放すので、羊が道路に出てこないようにするためであった。緑の絨毯を引いたように見える牧草地があるが、平らではなくほとんど皆、緩やかな傾斜が付いている。前田真三の大型カメラで撮った北海道の畑の写真を思わせる世界がつながっている。一つが 200x400m ぐらいあるのだろうか、羊が放されているところもある。茶色いところは耕されているところのようだった。別の場所では豚が放し飼いになっていた。かまぼこみたいな小さな建物が置いてあるので何だか分からなかったが、ロンドンのチャーチルの銅像の下
に、ブレア首相の豚の輸入自由化政策に抗議するために豚を飼っていたのと全く同じだったので、後で豚舎と分かった次第です。 Cotswolds の端の Broadway まで行き、駐車場に車を止める。駐車料金は2時間で£3.5ぐらいです。小型の駐車券の機械が置いてあって、コイン(紙幣は使えない)を自分の止めておく時間の料金だけ入れて発券ボタンを押すというものなので注意が必要である。駐車券を運転席のところに貼っておく。駐車券をごまかすことはできるが、見つかると罰金が結構きついので、小銭はケチらない方が安全である。街なもの建物の一部には、藤の季節にはとても綺麗になりそうなつるが付いているものがあったりしたが、残念ながら、季節外れだった。でも、しっとりした落ち着いた雰囲気の街だった。Teddy Bear Museum
があるというので行く。Museum といっても、個人経営のもので、大人の入場料は£1.5でした、娘は child 料金で入った(向こうの人も嘘だと知っていたけど)。かたかなのコの字型に陳列してあって、10mも歩けば終わってしまうほんとに小さなものでした。1920年代からのものもあって、年代によって形が少しずつ違うのは分かるけど、余り興味のない我々にとっては??でした。2000年記念、数限定製作品でシリアルナンバーが書いてある Teddy Bear が置いてあったりしたが、買う人がいるんでしょうか?駐車場に戻る途中のお土産屋さんでお昼の美味しいお店を聞いたら、隣だよと教えてくれたが、残念ながら人気のある店は予約も入っていたりしていっぱいだった。で、諦めて駐車場のそばの Kafe でサンドウィッチを食べ、コーヒーを飲んだ。ここからロンドンに向かって戻る形で Cotswolds の街を巡ることにする。最初に Stow-on-the-Wold
に行く。information center そばの広場の端っこに車を止めて、お薦めの観光コースを聞く。短時間で回れる information のお薦めのショートコースを歩くことにする。ここにも Teddy Bear のお店があったが、こだわりなのか not toy store と書かれてあった。2000年記念、数限定製作品でシリアルナンバーが書いてある Teddy Bear がここにも置いてあった。広場に戻る直前の道
(車道でもある)がすてきだった。広場に面したお土産屋さん、独特のにおいがしていて、嫁さんは息苦しくくなると出てきたら、観光バスが止まって、英語のガイドさんの後ろを日本人の集団がいてすれ違った。広場を元来た道を戻ってA424に出ないで、娘の道案内で近道をしてA424に出る道を選んで走った。Burton-on-the-Water
は川辺の街だった。駐車場に車を止めたが、駐車券のための小銭がなくて困った。ガソリンスタンドまで行って小銭に交換してもらう。駐車場から街の方へ行くと、桜の木が1本目に入った。桜の木の方へ行くと、川があった。川は浅くて結構流れが速いがおしどりなどがたくさんいた。桜
の木の下にはおしどりが休んでいた。川にそってほんのちょっと歩いて、橋に出ると街並み
が美しかった。街を歩いてると何人かの日本人に出会った。駐車場に戻ってみると、JTBのバスが止まっていた。今日はここで泊まっても良いなと思える落ち着いた雰囲気のある街だったが、次の街を目指す。Buford
は坂の街だった。information center で宿を探すが、おばちゃんに Cheltenham で競馬の障害レースがあって、エリザベス女王も来ているので、Burford の宿はいっぱいで泊まれないよと云われる。そういえば、information の応対をしてくれる女性は、どこの information center でも、ほとんどおばちゃんだったのは何故なんだろう。Stow に戻ることも考えたが、SHipton-under-Wychwood の Court Farm という B&B を紹介してもらって、車で出かける。農家の納屋を改造した部屋で、トイレと風呂が付いている2つの部屋を貸してくれて、£75だった。シャワーも付いているし、部屋は二部屋も使えるし、トイレと風呂も2つだし、安いと思った。出かけるときには、節電のためにライトは消していってねと宿の女主人に云われたので、電気を消していったが、これが大きなトラブルの原因になるとは思わなかった。Burford に戻り、夕食を食べたが、頼む量が少ないので、いつもウェイターにこれでよいのかと聞かれるが、我々にとっては食べきれない量がある。Farm Court に戻って、今日は風呂に入れるぞと思ったら、娘が入っている途中からシャワーが水になったといって出てきた。仕方なしにその晩は風呂にはいるのは止めて朝一に入ることにする。朝、女主人にどうすればお湯が出るか聞くことにした。テレビを見ていたら、競馬のことをやっていた、勝ったのは Trouble In Race という馬で、馬主がインタビューに涙しながら答えていたから、結構伝統あるレースのようだ。エリザベス女王が勝った騎手に優勝カップを渡していた。このために泊まれなかったのかと思った次第。
2000年3月17日(金曜日)
朝、6時半ごろに起きて、女主人に聞くと、温水器の電源を切ったのではといわれて見に来てくれた。温水器の電源を入れ、半時間ぐらいでお湯が沸くだろうということだったか、なかなか沸かなかった。女主人もよく分からないみたいで修理が必要かもということで、夫に聞いてくれたら、一旦電源を落としてしまうと半日ぐらい沸くのにかかるということで、お風呂には結局入り損なってしまった。お風呂の入るのは諦めて、British Breakfast を今回は食べる。ベーコン、ソーセージ、目玉焼き、キノコが一皿に乗っている。パンは薄いものをトーストしたものがたくさん立てて出てくる。私と嫁さんはコーヒー、娘は紅茶を頼んだ。車に荷物を積んで、嫁さんがお金を払いにいったら、旅行会社のエージェントということをいったら、ご主人が家を案内してくれることになった。築400年の大きな建物で、夏には中にもお客さんを泊めているというゲストルームがあったり、息子の部屋にはガールフレンドのものが置いてあったり?? 最上階には風呂だけの部屋があったりした。柱には、切り掛けがあるものもあったが、元々は船に使われていたものを持ってきたものらしいと説明してくれた。私たちの泊まった離れの納屋の続きには作業部屋があり、その隣が馬小屋で上が干し草の蓄えるところになっていると説明してくれた。階段を上がって、その干し草を蓄えるところに案内してくれた。舞台ができていて、芝居の練習場になっていているということだった。2週間に1回、村での演劇を披露するために練習をしているのだと説明してくれた。
A415を使って Abington に向かう。郊外の道は、両側に柵になるものがあり、牧草地の斜面が続いている。この風景は Cotswolds を走っている間、変わらなかった。Abington の手前の小さな街に染井吉野が咲いていた。A4074を使って Abington に入って information center を探したら、街外れの川のそばにあって、気がついたら橋を渡って街を出てしまったので、Uターンして戻った。information center は朝早くて閉まっていたので、街中にないか探すことにする。案内板を見て曲がってみるが、間違えてしまったので、街を一周して戻って、駐車場の案内のところで曲がると、駐車場にしか入れなくて、逃げようがなかったので、止めざろうえなくなる。街
を歩いてみるが、昔の面影を残してるのでもなく、新しいでもなく、何か中途半端な街だったので、ガイドブックにも載ってないのだと納得してしまった。A4130を使って Henly-on-the-Thames に行く。街並み
は美しかった。どういうわけか家具屋さんに入ってみる。コーラのボトルの格好をした高さ80cmぐらいの貯金箱があったりした。制服姿の女子高校生
がレポート用紙を持って入ってきた。地元の学生なのか、修学旅行なのか、だいたいは2人連れで商店に入ったりして、チェックをしながら歩いている。information center に行ったら、同じ格好の女子高校生がたむろしていた。入口のドア付近の絨毯の敷いてあるところでは、床の上にそのまま女子高校生は座り込んでいるのが数人にて、一人の女子は携帯電話を操作していた。日本のジベタリアンとそっくりそのままやと思って、笑っていいのか、これが世界の傾向なのかと思うと嘆かわしいのか、判断に迷ってしまった。しかし、この女子高生達はお金持ちらしい、こんな地方都市で携帯電話を持っている人はほとんどいないようだったので。information でお薦めのコースを聞こうとしたら、有料のパンフレットを買えといわれた。25ペンス払ってみたが、無料のとほとんどかわりがなかった。メソジスト教会
を覗いてから、川辺
に出る。餌をくれるものかと思って、岸に上がってくる鳥もいた。海の博物館は遠慮して、地ビールの工場などを見てから、A4105を使って次の街に行く。Marlow-on-the-Thames
は美しい街で、Henlyより新しい街という感じがしたが、Abington みたいに中途半端な感じはなかった。古いものと新しいものがうまく融合してると思えた。娘はこの街でブラウスかなんかを買っていた。その間、私は大きな本屋さんがあったので、イギリスのパラグライダー関係の雑誌を探してみるが、軽飛行機関係の雑誌はあるがスカイスポーツの雑誌はなかった。多分、イギリスでもパラグライダーはマイナーなスポーツなんだろうと、何故か納得してしまった。街を歩いていると Clark
というチェーン店の靴屋さんがあった。日本で見かけるチェーン店の靴屋ほど安っぽくはない。駐車場に戻る途中で、制服姿の男女学生
にあったので、慌ててシャッターをきった。
Cotswolds という片田舎を後にして、A4155、A404、A308を使って Windsor 城
に行く。お城は坂の上にあるので、下の駐車場にレンタカーを止めて、嫁さんが泊まってみようと考えていた information center の並びのホテルに行ってみる。3人の部屋がないといわれて、twin と single で安くしても£220といわれたので、泊まることを諦めて、引き下がることにする。information で、The Dorcet Hotel を紹介された。triple で冬季割引で£80というので、そこに決める。ただし、ホテルの人から5時過ぎに来てくれということだった。泊まる予定にしていたホテルの Afternoon Tea が比較的安かったので、ホテルに戻り4時に予約を入れて、Windsor 城を見学することにする。1992年に火災にあってから修復に莫大なお金がかかったので、色々なところを見せるという条件をつけて見学料が£10.5に値上がりした。入るとすぐにラウンドタワー
がある。ラウンドタワーのお堀の水を抜いて芝が植えてあるのには感心した。水を残して原型として保存するのも良いかもしれないが、堀がある意味がなくなったら水を抜いてしまうのも、非常に合理的な考え方であると思う。石垣の手前の連翹が綺麗だった。北のテラスに出て、イートン校を遠くに見る。城内に入るのに並ばなくてすんだので、中に入ることにする。天井がすごく高いとか、大きなこってりした絵があるとか、廊下がなくて部屋が続きになってるとか、日本とは違う石の建築物である。火災で焼けて復元して部分は相当なお金をかけているのだろうが、その当時とのお金のかけ方が違うのか、やはりちょっとちゃっちい感じがする。こういう建物を見たときに、あまりにも文化の差があると、あっそうなのと感じで終わってしまう部分もある。Lower Ward に近衛兵がいたので、一緒に並んで写真
を撮る。近衛兵の仕事とはいえ、全く動いてはいけないという仕事も辛いだろうなと思う。Lower Ward からTower
を見ながら Windsor 城を後にして、Afternoon Tea を食べにホテルに向かう。私は一旦駐車場に戻り、チケットを切り直して、駐車時間の延長をする。London の Ritz Hotel での Afternoon Tea は£20以上するけど美味しかったとのこと。ここのは sandwiches、scone、cake と紅茶の組み合わせで£6.95。今日の夕食代わりにするつもりだったが、スコーンにクリームとチーズに混ぜたもの(?)とジャムを塗って2つも食べるとお腹がいっぱいになった。5時に来てくれと云う The Dorcet Hotel
に行くとちょうど女主人が帰ってきたところだった(BMVの1600ccのクーペのマニュアル)。初孫が生まれて2週間目ということで孫のところに行ってきたところだという話だった。部屋に案内してもらうが、2階の4部屋の小さなホテルだった。案内された部屋は twin bed で extra bed を入れるのを一人で運んできた。風呂にはシャワーが付いているので、その晩は私も久しぶりにシャワーを浴びることができることになった。Afternoon Tea でお腹はすいていなかったので、Windsor 城まで歩いて10分ぐらいだというのでパブを探しに行ってみる。適当なところに入り、ビールを頼む。嫁さんがカウンターの人に Guinnessにしたらとさかんに勧められたといっていた。後になって、Guinness の服を着た人達が、割引券らしきものを配っていた。St Patric Day だそうで、Guinness がビールの特売をしていて、1杯飲むと2杯目がただになるという券だった。宿に帰って、久しぶりにシャワーを浴びてさっぱりして眠る。
2000年3月18日(土曜日)
8時の朝食に下りて行って朝食を取り始めた時に、嫁さんが毎日お客さんがいるのですかと聞いたら、of cource という返事だった。半信半疑だったが、別のお客が一人下りてきたので納得した。The Dorcet Hotel の English Breakfast は目玉焼きが2個と多かった。N4に乗って、今日の宿泊先の Sheraton Park Lane Hotel に向かう。ロンドンのホテルだけはあらかじめ予約を入れておいた。ロンドン市内のところで3車線が1車線になるところがあって渋滞したが、無事、ホテルに着いた。チェックインをして荷物を預けて、レンタカーを返しに行く。ちょっとした街には化粧品と薬と健康食品などを売っている Boots
というチェーン店がある。車を Hertz に返した時に、満タン方式で借りなかったので、10ポンドぐらい損したと娘と嫁さんは嘆いていた。地下鉄(こちらでは tube というらしい)の切符売り場に行き、地下鉄とバスの通しで週末有効の切符を買う。£5.0だった。地上に出て、国会議事堂へ2階建てバス
で行く。車掌のいるバスはドアがないので、信号待ちなどをしたら、本当はいけないのだが、途中で降りたりした。騎馬兵のいるところとトラファルガー広場を通って国会議事堂
に着いた。Big Ben は大きすぎて写真に入らないと話ながら、2000年になり観覧車
ができたので乗ってみようということで橋を渡って乗り場までいってみました。が、ticket は予約制で手に入れることはできませんでした。諦めて戻る途中で Big Ben の鐘の音を聞きましたが、普通の音のような気がした。チャーチル首相の銅像の下で、養豚業者
が抗議行動をしていました。Westminster Abbey に並んで入ってみました。入ってよくよく考えれば、墓場を見てもしょうがないのですが、思ったときには入った後でした。屍体が腐ったらまずいから、どうしたのだろうかと余計なお節介が働いてしまった。娘が大英博物館でミイラ(Mummy)を見たいというので地下鉄で行く。地下鉄に乗るためにエスカレーター
に乗ったら、これが結構長くてスピードが日本のより速い。エスカレーターの脇に Stand on the right と書いてある。何だと思ったら、歩かない奴は右側に立てということみたい。大阪のエスカレーターは歩くせっかちな奴がいると非難されているが、こっちのはそんなものではない、エスカレーターの速度が日本の奴より結構速いのに、更に右側に立ってる人の横をがんがん歩いて上ったり下りたりしてる人間の多いこと多いこと。大英博物館の前のパブで Fish & Chips を食べる。量があるので2人分で十分だった。またしても飲み物はビール。今回の旅は昼間からビールを飲む機会が多い。大英博物館は無料だが、寄付をしてくれと大きく書かれていたが、寄付はしなかった。2階のミイラのあるところに行ってみたが、ロゼッタ石があったり、石の大きな像があったりした。タイルなどを表示してあったが、要はエジプトから無理矢理持ってきたので、まあ、盗人に近いことをしてる訳です。ただ、保存状態が非常に良いというのがせめてもの救いかな。嫁さんと娘は友達に頼まれたミイラのミニチュアを作るお土産がどれなのか分からず困っていた。大英博物館の見学はこれだけにして、Piccadilly Circus の三越まで地下鉄で行くことにする。チューブは電車のサイズが小さいので、ちょっとした人で満員になってしまう。地下鉄の満員電車の行儀の悪いのは日本かと思ったけど、こっちの人間は入口に立ってるのが座席のあるところがすいていても中に詰めないので、入口が非常に混むこと混むこと。で、入口付近で乗ってくる人間を非難がましい顔をして見るけど、こっちとしてはお前らもっと詰めたらどうなんだと云いたくなります。三越はデパートといっても完全に観光に来た日本人向けの商品を展示してある。変なのと思いながら、嫁さんが割引券を持っているので、私はお土産用にビスケットと娘と嫁さんは別のものを買っていた。そこから Oxford Street(日本の渋谷?)にはバスで行くことにした。Oxford Street に近くなったら、渋滞でバスが動かなくなったので、信号待ちをして動かないときに降りた。見事というほどバスレーンにバスが連なっていた
。てはじめに王室御用達だった Harrods まで歩いて行き、婦人服売場の一部を歩いてみた。私たちと同じお上りさん達がたくさんいた。そこからウィンドウショッピングをしながら歩く。ロンドンは日本ほどではないが、都会なのか、携帯電話を持った人が多い。皮のケースに入れているのが年輩で仕事に使っているようで、若い人はむき出しで持っている。小型のタイプでも幅広でマイク部門が口に掛かるタイプが多い。こちらでも地下鉄の宣伝ポスターなど見ると e-mail が読めるのタイプが出始めたようです。娘が Kookai で服を選んでいる間、前でうろうろしていたら、すごくボリューム(バストが110cmぐらいありそうな)のある薄着の若い女性が携帯電話がなったのか、ずうっと立ち止まって話している。こちらの人は歩きながらより、止まって話す人の方が多い感じがする。娘は服が決まらないで、30分ぐらいあーでもないこーでもないとしていたようだが、その間ずうっと携帯電話のお姉さんはちょっと寒くなったら Kookai に入ってたりして話していた。Kookai の辺りをうろうろしていたら、何を思ったのか、お上りさんか外国から来た人なのか、私に Harrods へどう行ったらいいか聞いてくる奴がいる。おいおい、私は日本人のお上りさんですよ、道を聞くなんて間違ってませんかといいたかったが、とっさに英語が思いつかないので、道を指差してやったら、納得して歩いていった。娘はとっかえひっかえ試着していたようだが、結局決まらず、ホテルに戻ることにする。バス停まで歩いたら、一停留所になったが、娘が靴づれで足を痛がったので、バスに乗ることになり、またまた、降りるのは止まったところでした。
ホテルの部屋は Green Park に面していて、ダブルベットの寝室ともう一つ部屋があり6畳位のバスルームが付いている部屋だった。お値段はそれなりのものでした。一休みしてから、ロンドンではカレーを食べようと思っていたので、地下鉄で Rotting Hill にインド料理店を探しに行く。街をうろうろしてみたが、なかなか、見つからなかった。一つ見つけたので入ったが、満席のようだったので、席が空いてるかと聞いたら、2階に案内してくれた。1階は綺麗だったが、2階は余り綺麗でないので、他の客も来て見て帰っていく人もいた。まあ、仕方なく、カレーだけを注文しようとしたら、前菜を頼めだとかこっちの方がお薦めだとか色々いわれてしまった。普段は晩酌もしないのに、またもやビールを飲むことに。カレーの辛さは中ぐらいにしたので、それほどは辛くなかった。インド料理と思ったが、ウェイターに出身の国を聞くとバングラディッシュだという話で、それほど美味しいとは思わなかったのはインド料理といっても少し系統が違っていたのかもしれない。
2000年3月19日(日曜日)
Sheraton Park Lane Hotelの朝食は、電熱コイル(嫁さん御用達)で沸かしたお湯を使っての持ってきたカップヌードルとスーパーで買ったヨーグルトだった。チェックアウトをすませて荷物を預けて地下鉄で London塔と Tower Bridge の見物へ行く。小学生らしい団体が教師に連れられていた。ここでもトイレに行きたくなり、またもや公衆トイレは閉まっていたので、マクドナルドを使わせていただくことにする。本当の今回マクドナルドにはお世話になりました。ロンドン塔も一部改修工事をしていたけれども、お堀の水は抜いてあり、芝が植えてある。Windsor 城もそうだったけど、この辺が使わなくなってからの後の管理の仕方が日本との違いが見られる。左手に London塔
を見ながら Tower Bridge
へ行く。9時半の開門まで10分ぐらいだったので待つことにする。9時半にすぐに入れたので、小一時間かかった日本語イヤホンで説明を聞きながら案内も苦痛ではなかった。Buckingham Palace の衛兵の交代は11:15ということで、地下鉄で向かう。地下鉄を降りて宮殿に歩いていくとウェリントン兵舎があって入口に騎馬警官
がいた。宮殿に行くと思われる近衛兵と楽隊がいて、行進をして出ていった。宮殿に着いてみるとフェンスには人だかりがしていて中がほとんど覗けなかったが、近衛兵交代の儀式が始まったいた。外から更新してきた近衛兵の一団は撮り損ねてしまった。もう一団
が来たので今回は失敗しないようにした。騎馬隊も来るはずだから待っていたのだが、半を過ぎても来なかったので、諦めて次の目的の国立美術館に地下鉄で移動する。国立美術館(National Gallery)
ではゴッホとモネ絵を見ることにする。ゴッホのひまわり(No45の部屋)は暗い感じがするので余り好きではなれなかった。モネの水仙(No46の部屋)も私としてはいまいちだった。ひまわりの飾ってある一つ前の部屋(No44)にルノワールの絵が2つ飾ってあった。Boating on the Seine と A Nymph by A Stream だった。ルノワールの絵は私が唯一感動できる絵みたいで、裸婦の絵は倉敷の美術館でも別の絵を見て、ああ、これが絵なんだ、絵はこういうものを与えてくれるのだと、生まれてはじめて絵からインスピレーションをもらって、良かったと思ったのです。だから何故かいつもルノワールの絵を見るとほっとします。ボートの絵もある距離を置いて眺めると素晴らしかった。見る絵は決まっていたので、美術館を後にすることにして、これから飛行機に乗るまでどうするかということになった。お土産を買いそびれている娘から Covent Garden に行きたいということで、地下鉄で移動する。娘は 隣の建物でも買い物をしていた。イギリスでは商店は日曜日は法律で禁じられているので営業していないのだが、別に税金を払えば営業できるのでここでは日曜日でも営業してる。メインの建物
にはたくさんの人出があった。娘と嫁さんが買い物している間に、私は地下鉄の駅から来る途中にあったスポーツ用品店で、山靴を探しに行った。ゴアテックスでフックでない足首まで掛かる靴があったので、買おうと思ってサイズをいってみると、在庫の靴は大きいのしかなくて買えなかった。£125も出せば形のいい靴はあったのだが、そこまで出してパラ用の靴は買う気がしないので諦めかけたら、別の棚に£79.95の靴があった。女性の店員にサイズを持ってきてもらって合わせると良かったので買うことにする。ロンドンにはすり(Pick Pocket)が多いというので、カードと免許証とパスポートは腹巻きに入れていたので、後ろを向いて出している間に片づけられてしまった。カードを出して買いますよと云ったら慌てて出してくれた。免税にできるかと聞いたらできるということでしてもらったが、書き方が分からないのか手間取ってしまって、待ち合わせ時間に遅れそうになって、ちょっと慌てた。娘もお土産などを買えていたようだ。地下鉄の駅に行く途中に大道芸人がたくさんいたのだが、アンプにつながっていた中国の古琴(?)の音
になぜか心惹かれてしまった。地下鉄でホテルに戻り、荷物をピックアップする。ポーターがお帰りはお車ですかタクシーですかと聞いてきたが、地下鉄ですといってからチップを渡し、ゴロゴロと駅まで運ぶことにする。嫁さんの計算では地下鉄に乗っている時間は30分の筈だったがもう少しかかった。最終のチェックインが15:15だったが、ぎりぎりの時間になってしまった。搭乗手続きのカウンターに人が並んでいたので一安心した。ぎりぎりの時間なので、席をうまく取れるかどうか分からないのでどうするかで迷った。来るときと同じスクリーンの前を頼んだが、並びでは2人分しか空いていないということで、後1席は前に席がないスチワーデスの前にする。搭乗手続きをして、税関で免税手続きをする。現金を受け取るものと封書で送ってカードに振り込んでもらうものがあった。投函するのに切手がなかったので、切手を買ったが4枚綴りしかなかったので、返ってくるお金に対して掛かる費用が馬鹿にならなりそうだったが、嫁さんは、又来るから良いということになった。コインを持って飲み物とアイスクリームを買ったりしてので1ポンド強しか残らないようになった。
帰りの飛行機の席はスクリーンの前が2つしかないということだったが、スチワーデスがドアがロックした時には嫁さん達の隣の席が2つ空いていたので、そちらへ移る。4席を3人で座ったので余裕となった。飲み物を持ってきてくれたときに、トマトジュースとビールのミックス(レッドアイ)を嫁さんがしていたので、私もトマトジュースを頼んでビールに入れてみる。まずいものではないけれども、特別にレッドアイにして飲もうという気にはならないだろうなと思った。嫁さんは12時間のフライトの間、3分の2位は寝ていたので、旅慣れているなと思いました。私は行きも帰りも映画を英語版で見たので、筋がいまいち理解できなかったのがご愛敬でした。全行程6日間のイギリスの旅はこうして終わったのでした。時差ボケにはならなかったみたいですが、ずうっと腰が痛かったのには参りました。腰の老化が始まったのか、運動不足のため腰の安定性が低下してるのか腹筋と背筋を鍛えないといけないなと思った旅行でした。家に帰って、久しぶりにインターネットにアクセスしたら、メールが400通近くたまっているのには参りました。