入 院 日 記

Last updated on August 12, 2006

8月12日(土曜日)
 体重計に乗ってびっくり70kgを越えています。自転車に乗ってる頃は食べても自転車でかなりカロリーを消費していたので68kg前後で安定していました^^; 骨折はほとんど完治したようです。体重を掛けるのはほとんど問題がなくなりました。体重を掛けないということは運動もしてないということだったので関節の可動域がすごく減少しているような。足関節の動きも悪いしアキレス腱も切りそうで怖いです。可動域を広げるようにリハビリをしないといけないようです。

8月05日(土曜日)
 8月に入ってから自転車通勤を再開しました。再開してから腰が痛くなるようになりました。初めは何でか分からなかったのですが、ロードに乗るようになって背筋を使って漕いでいたということを理解しました。普段の自転車の漕ぎ方もそうなっているので運動を全くしてなかったので背筋が衰えていて悲鳴を挙げているということが分かりました。横になって足を上げて自転車を漕ぐまねをすると、うまく漕げないのと腹筋がすぐに痛くなってしまうので相当筋力が衰えているのだと思います。少しずつトレーニングというかリハビリをしていかないといけないようです。

7月24日(月曜日)
 主治医から全荷重OKの許可を貰う。病院から借りていた松葉杖を返すことにする。一本杖でこれから過ごすことになります。仕事場には今まで車で通っていましたが、晴だったら自転車で通勤することにしましょう。この一週間、梅雨前線が停滞して大雨で水害になったりしてるのでなかなか難しいと思いますが。

7月23日(日曜日)
 家では階段を上ったりする以外はほとんど杖なしであるいていますが痛みがひどくなるということはありません。何となく痛い感じがするのは荷重がかかってのと痛みとはちょっとことなると思います。明日には松葉杖を返して一本杖で過ごすことにしましょう。

7月21日(金曜日)
 主治医から骨盤正面の単純Xpを撮るように云われる。来週から全荷重にするかどうか決まります。全荷重で普通に歩くのが怖いというのが素直な感じです。ごく普通に歩くには問題なさそうです。念のため杖をつくことにしました。

7月20日(木曜日)
 インターネットで注文した一本杖が送られてきました。家の中ではそれを使って松葉杖を使うのを止めました。

7月18日(火曜日)
 仕事の合間に代わって貰ってリハ室に行って2/3荷重を確かめてくる。かなり体重が掛けられることが分かる。普通に立つときは両足に体重を掛けることは全く問題ないことになるだけれどもどうも片足でケンケンをしてしまう。

7月14日(金曜日)
 股関節の正面の単純のXPを撮る。主治医から来週から2/3荷重の許可が出る。仕事の合間にリハビリ室に行って荷重の掛け方の練習をしないといけない。家では松葉杖のつきかたがあまくておそらく半分ぐらいかかっているのではと思う。内転筋群の付け根に痛みが出るのか鼡径部が痛い^^;

7月13日(木曜日)
 松葉杖で1/3荷重なのだが時々オーバーしてるような気がします。股関節の痛みは出てきてるのかが??? 内転筋の起始部を傷めているのでその痛みかもしれないがちょっと不安。

7月10日(月曜日)
 松葉杖で出勤となる。通勤は車で行くことになる。午前中は仕事がなかったのでCTを撮る。主治医から骨折は良くなっているという言葉を貰う。午後から仕事を始める。ほとんどは座ってできる仕事なので何とかなるが、松葉杖だとものを持って歩くことができないのでちょっと困ることがある。

7月08日(土曜日)
 午前中に退院となる。娘が車で迎えに来てくれる。家に帰ったらリビングにロードが鎮座したままです。午前中にクランクを替えて転倒したのでパーツや工具が散乱したままだったのです。娘が整理してくれてますがしまい方が分からないので置いてありました。松葉杖では荷物が運べないので片付けるのは8月になってからになると思います。

7月07日(金曜日)
 松葉杖の歩行はかなり疲れる。階段の上り下りの練習をしにリハ室に下りる。なかなか難しい。仕事復帰には心しないといけないようです。

7月06日(木曜日)
 リハ室で階段を上り下りする練習をする。下りる方が難しい。免荷をきちんとすると腕を使うので手のひらが痛くなってきてまつば杖を着いて歩くのがしんどくなる。手のひらの痛み防止には自転車用のグラブが最適かもしれない^^;

7月05日(水曜日)
 リハ室で松葉杖での1/3荷重の練習をする。左右別の体重計のようなもので手で支える力の加減を調整するのだが難しい。1/3荷重に近づけようとすると掛けすぎる嫌いがあるようです。

7月04日(火曜日)
 二月から入院していた人が退院して様子をみることになり退院が決まった。再手術となるかと揺れ動いていたので退院が決まったら非常にうれしそうだった。車椅子とか松葉杖で困ることは、ものを持って動くことが難しことです。当院はお茶と氷は無料なのですが、それを取りに行くことがなかなか難しい。食事前にいつも暖かいお茶入れて貰うというお世話になったいました。初めて患者になって長期間入院することになりました。良い勉強をさせて貰ってる感じで、それほど時間が経てば治ることが分かったいる私には悪いことでは無いようです。けれども暇を持て余すようになりました。仕事用の本もほとんど必要なところは読んでしまったような気がするし。リハビリテーション用に骨盤の写真を撮る。

7月03日(月曜日)
 主治医と松葉杖での荷重の掛け方を相談する。麻酔科医が足りなくなったので手術の列を減らした。手術が減ったのはごくわずかで横を縦にしただけになって残っている麻酔科医に迷惑を掛けることになってしまっている。会議で10日からの3列に戻すことが決まったので退院に向けてのリハをしないといけない。

7月02日(日曜日)
 ちょっと松葉杖で歩いてみる。免荷をどれ位にしたら良いのか分からないのでほんのちょっと歩いてみた。骨折していた月曜日にはうまく歩けていたのにしばらくぶりだと歩けないものです。

7月01日(土曜日)
 絆創膏を剥がしたので傷の肉牙形成が促進されて塞がった。

6月30日(金曜日)
 昨日、肘の絆創膏を外して肉牙の上がるのを待つ。今日は肩と指のを外す。風呂に入った後、指のかさぶたの一部が剥がれ落ちたのにはびっくりした。異物が入っていた部分だったので納得。

6月29日(木曜日)
 松葉杖を借りる。まだ肋骨は痛むことがあるので体重を掛けるのを躊躇われる。

6月28日(水曜日)
 消化管出血もあって命の保証ができないという話をしてから手術の麻酔を掛けた人と車椅子で一緒になる。バリアフリーの病院でさえも不自由なところがある(ゴミ箱などの障害物が置いてあったりして手を擦ったりすることが多々あった。力のある私には問題ない車椅子用のトイレのドアも開け閉めは大変だと思う。)ので、街に出たら大変だという話になりました。雨の日の病院の出口のスロープでも横滑りをして転倒しそうになり大変だったとそうで、仕事場のトイレは手摺りが無いので大変だし、車椅子だったら入れないので、車椅子を外に置きトイレのドアが開けて用足しをしないといけないとか色々あるという話でした。シンドラー社製のエレベーターの事件があったこともあってエレベーターには気を使う。車椅子専用の押しボタンのあるエレベーターは必ず目の前で止るようになっているのでまだ良いのですが、ストレッチャーも入るようになっている大きなエレベーターは移動して乗ろうとすると、時間過ぎてドアが自動で閉まってしまって車椅子の後部がドアと当たってしまうことがある。また、階を押すボタンの位置が悪くて押しにくかったりします。車椅子で頻回に乗り降りするまでは気にしなかったのですが、エレベーターの出入り口には隙間があります。ちょうど車椅子の前の駒が横になったらすぽんと填る幅ぐらいです。踏切で前の駒が填ってしまい抜けなくなって亡くなられた障害者の方があります。そんなことにも気を使うようになりました。時にはエレベーターが指定した階に止ってもきちんと指定した位置に止らなくてエレベーターとフロアにわずかな段差があることがあるのです。何気ないことでも自分で車椅子の生活してみると結構不便だどいうことが分かることなのかもしれません。

6月27日(火曜日)
 義母が洗濯物を持ってきてくれる。膝の調子があまり良くないみたい。もう少しひどくなると変形性膝関節症でTKAの適応に入るかもしれない。

6月26日(月曜日)
 あと2週間の安静が必要という診断書が出ました。ということで仕事の復帰は早くても7月10日ということになります。まあ焦らず治療に専念しましょう。

6月25日(日曜日)
 誕生日^^; 車椅子の直進性は組み立てたままなのでいい加減のようです。イギリスバルブのチョーブだが目一杯入れた方が軽くなるので空気を借りて入れる。その場でのターンが軽い力でできるようになる。今、私の使ってるのは左に曲がっていくタイプです。

6月24日(土曜日)
 ちょっと微熱があり午前中は寝て暮らす。股関節の痛みは改善してきたので手を添えなくてもベットに右足を上げられる。肘と肩の傷ももう少しできれいになると思う。

6月23日(金曜日)
 右肘と肩の傷はまだふさがっていない。股関節の痛みはほとんど無くなってるが曲げて内転すると痛みがある。ダビンチコードを読み終えるがなんか後半で肩すかしを喰ったようでどうも後味が悪い。作者は最後までの組み立てをしないで書き始めたのか、途中で筋が変わった感じがする。昨日入院した人のいびきには驚かされる。看護師が部屋の外まで聞こえると云っていたので本当にすごいのでしょう。耳栓を買ってみるがほとんど効果がなかった。ありがたいことに二泊三日で退院された。すべての手術が終わってから手術場に顔を出してASA Refresher Cource Lectureの本を持ってくる。

6月22日(木曜日)
 大分良くなってきているようです。車椅子は元のタイプのものと交換して貰う。昼間は本を読むことが可能になっている。家から持ってきて貰った老眼鏡をかけてダビンチコードを読む。肋骨は咳をしても痛くなくなってきているがある方向に手を持って行くと痛みが出ることがある。右足は車椅子から移るときも手を添えなくても痛まなくなってきた。

6月21日(水曜日)
 嫁さんが病院のすぐそばに住んでいる娘の小学校時代のテニス仲間と会ってきました。最近、自転車に乗るようになって、ロードで、夜間、歩道をかなりのスピードで走っていて、人を避けようとして転倒して顔面を強打したとのこと。口の中を17針縫ったのと上顎の歯が全部めり込んでしまったのを歯科で引き出して、やっと柔らかいものが食べられるようになったという話をしてくれました。二人とも馬鹿みたいと云われてしまいました^^; 点滴棒が刺さる私の車椅子が必要になり別のタイプと交換になる。足置き体重が掛かりやすいものがあり前のめりに何回かなる。肋骨が付き始めたと無理をしたら痛くなってきた。無理は禁物のようです。大分生活が病人から普通の人になってきているようです。

6月20日(火曜日)
 骨が付いてきてるのが分かる。日曜日ぐらいからだが今日は昨日より良いようです。どうしてそんなことが分かるかというと、肋骨骨折をしているので咳をしてみると痛みの具合で付き具合が判定できるのです。今は咳をしてもあまり痛まなくなってきています。4人部屋に入院したので患者さんの差、付き添いに来る家族の差とかが分かったりして興味深く思っています。個室に入院しなくて良かったと思っています。病室に長くいることは無かったので、見舞に来る人の意識の差に驚くことが多かった。手術前で絶飲食になっている患者さんの前で若い女性がペットボトルのお茶は飲む、アイスクリームは食べるということを平気でしているのを見て驚いてしまった。自分の前にいる患者さんが手術前で食べたり飲んだりできないということに気配りをするという考えを全くないし、意識すらしないということのようです。師長さんに聞くとそんなのは驚くには足らないようです。手術後で飲んだり食べたりできないのに目の前でぱくぱく食べる妻に対してもう少し気を使えと怒った夫がいたというのも聞きました。世の中大分変わってきてるそうです。相手の気持ちを慮る配慮がすくなくなってきているという話です。

6月19日(月曜日)
 ノートパソコンを持ってきて貰ったのでメールだけは読める環境になる。一週間ほどアクセスしてなかったらほとんどがスパムメールだが500通も貯まっていた。足を動かしてもそれ程痛みが出なくなってきた。気休めのためのカルシウムサプリメントを摂ってみたが緩下作用があるようで下痢をしてしまい、過敏性大腸炎を持った私には不向きで止めることにする。その代わりに売店でじゃこを買ってご飯にふりかけて食べることにする。

6月18日(日曜日)
 イギリスからの添乗から帰った嫁さんが見舞いに来る。無精髭を生やしていたのだが不評でした。嫁さんにも自転車を止めて他の趣味を探したらと云われる^^; しばらく本を読んでいないのでダビンチコード上下巻とノートパソコンを持ってきて貰うことにする。娘に買ってきて貰うことになっていたカルシウムサプリメントを袋の底に見つけて飲み始める。骨の癒合を速めるには超音波を当てると良いのだが骨盤に届くものはない。仰向けに寝ているので腰が痛くなって困っていた。当院のベットは電動のパラマウントベットで足側も曲げられるようになっているので少し上げるようにした。こうして寝ると腰の痛みが出てこなくなったので助かった。

6月17日(土曜日)
 肩の傷の滲出液が多いのでガーゼにする。相変わらず寝ている時間が多い。食欲は出てきて間食をする気力がでてきた。

6月16日(金曜日)
 肋骨骨折をしてることは分かったいたのだが、整形外科医には話してはいなかったので写真を撮ってなかった。一応、写真を撮りましょうと云うことになったので自分で外から触って骨折部を外からマーキングした。そこを中心にして写真を撮ったら、ばっちり当たっていました。第9肋骨でした。肋骨骨折から骨盤骨折の付き具合を判断する示標にすることができて

6月15日(木曜日)
 付き添いというか嫁さんは海外添乗に出ているし、義母は足があまり良くないしというようなこともあったのと、浸出液が少しあるので寝間着が汚れることからパジャマはレンタルにする。下着だけはあるだけを入院した日に持ってきてもらった。入院してから始めてシャワーを浴びる。肘と肩の傷は透明なテープを貼って覆ってあるので問題ない。座ってはいるシャワーだったが気持ちが良かった。娘が当直明けで見舞いに来た。自転車止めたらと云われる^^;

4人部屋 6月14日(水曜日)
 検血をするとある程度出血をしたのがヘモグロビンが1g/dl下がって貧血が出てるのと血小板が10万を切るほどに減少しているので分かった。肋骨は骨折してもバストバンドをして固定するだけなので主治医には話していないが、寝返りをうつと痛いので簡単にうてない悔しさがある。傷があったり出血をしたりしているためか夜間は37.1度程度の微熱が出ている。車椅子の生活となったが、以前、手術室で車椅子で遊んだことがあったので、すぐにうまく扱えるようになる。しかし、全身の打撲と出血のためなのかしんどくてほとんど寝て暮らすような感じであった。

6月13日(火曜日)
 昨日見て貰った先生に松葉杖で歩くと痛みが続くという話をしたら、MRIを撮ることを勧められる。午前中、仕事が無かったので放射線科でMRIを撮ることにする。MRIを撮っている半時間ほどの時間も寝てしまった。仕事場に戻っているとCTも撮るようにという指示を貰う。CT室に行くと放射線科の部長先生が居て、MRIの画像を私に見せながら骨盤骨折をしていて骨盤内に5〜600mlの出血があるから安静のため入院するようにと云われる。別の先生がCTを撮って3Dで骨盤の画像を作ってくれる。臼蓋の上に3本のひびが入っているのがはっきりと分かる。画像処理もたいしたものだ。骨盤骨折は出血のコントロールが難しく、出血を止めることができなくて亡くなったりする人もいるので、諦めて取り敢えず2週間の予定で入院することになる。

6月12日(月曜日)
 椅子を杖に何とか車までたどり着き仕事場に行く。急患ナースに松葉杖を持ってきて貰い病院に入る。松葉杖を使うとほとんど問題なく歩けたので骨折はしてないと思ったが、当直の外科医が整形外科の先生だったので単純のXpを撮って貰うことにする。大腿骨の骨折がないことを確認して痛み止めを出して貰って仕事をする。仕事が終わって家に帰って夕食を食べてから風呂に入ってすぐに寝ることにする。痛み止めを飲んでいるのでじっとしていればそれ程痛くはないのだがしんどくて横になりたくなる。

6月11日(日曜日)
 南河内サイクルラインで転倒する。リアのチューブが裂けたのとホイールに振れがでてしまった。チューブを交換して自走して帰ったが右足を着いて止ることができなくなっていた。何とか家にたどり着くことができたが自転車を家に入れるのが一苦労であった。その後は這うようにして過ごすことになる。胸部の痛みの具合から肋骨が折れていることは経験上分かった。右肩と右肘の擦過傷はかなり深めでパジャマとシーツが汚れぐらいだった。右第3指の指先はかなりえぐれてしまったが縫うのは嫌だったのでカット胖で寄せてすますことにする。化膿防止のため家にあった抗生剤を飲むことにする。